ここだけの話


この日は、たんぽぽの家主催の「鹿の劇場」が奈良のならまちセンターで行われ、

 

仙台から来てもらった佐々木大喜さんと安藤共博さんと僕、

 

そして今回新たに加わったミュージシャンの西川文章さんの四人で

 

”ここだけの話”というパフォーマンスをやりました。

 

このパフォーマンスは言葉でのコミュニケーションが難しい彼等と20分という時間

 

だけを設定し、その日にどんな対話、そしていかなる体話=ダンスが生まれるかを

 

試みるパフォーマンスです。

 

2年前、東京のアサヒ・アートスクエアのエイブルアート・オンステージ 

 

ダンスピースセレクション公演が初演で昨年は新潟で上演し、

 

リハ地の仙台を入れると今回の奈良は4ヶ所目でした。

 

いやー、2年前はこのパフォーマンスがこんな形で続くなんて夢にも

 

思っていませんでした。だから、僕等の対話、体話も

 

昨日のような展開を生むこと等、想像もできませんでした。

 

思い返すと、2年前の初演時は佐々木さん、安藤さんだけでのパフォーマンスで、

 

彼等の最初のリハーサルは二人共、突っ立ったまま全く動かないところから

 

私達の体話は始まりました。それが、徐々に動き合いながら探ることで、

 

私達の関係性も少しずつ変化していきました。

 

ただ、それは体話を重ねることで私達の関係がスムーズになっていく

 

ということでは決してありません。むしろよく訳が分からないというか、

 

より混迷を深めているように感じることも少なくありません。

 

まあ、敢えて言えば、訳が分からないことを楽しめるような関係性に、

 

徐々になってきているかなとは感じます。

 

さて昨日は、いままでちょっと設えを変え、舞台中心にそこを囲むように

 

4面客席で行いました。そうやってやってみた所、思いのほか、

 

お客さんの目線や息づかいが私達の身体に良い影響を及ぼし、

 

今までとは異なる時間、空間の中、楽しくコミュニケートしあえたと感じています。

 

昨日やってみて、改めて思ったことですが、このパフォーマンスは

 

ダンスしている僕等3人が、あるスポットを見つけることが出来れた瞬間、

 

そこを流れる波に身を任し合える、そんな関係を楽しむ時間になっているのだと

 

思いました。

 

ただ、そのスポットは長続きしないので、また新たなスポットを3人で探る、

 

その繰り返しを延々に行うのが”ここだけの話”というパフォーマンスなのだと

 

思います。

 

私達は身体というものに包まれているため、自己と他者との間には

 

どうしようもなくお互いが分かり得ない、隔絶した関係にあったりもしますが、

 

僕は彼等とのダンスに於いて、そのスポットを共有できた瞬間だけは、

 

私が佐々木さんにも安藤さんにもなり、僕等はそこに居て同時にそこに居ない、

 

そんな不可思議な関係を楽しめているように思います。

 

”ここだけの話”はここだけでなく、もっといろいろな所でやりたいなと思います。