2012年

5月

12日

4回目の仙台、その2日目


この日は、名取市文化市民会館が避難所だった時、

 

避難されていた住人の多くがに暮らしていた閖上地区を

 

見に行きました。

 

そこには昨晩も一緒だったARC>Tの事務局員で

 

塩釜在住の千田優太さんが車で同行し、

 

案内してくれました。

 

閖上地区は津波で街のほぼ全域が壊滅し、

 

住民740人以上の命が奪われた場所です。

 

行ってみて、本当にびっくりしたのですが、

 

ある地域から家は全く無くなっていて、

 

辺り一面が更地の状態でした。

 

海岸線まで足を伸ばし、太平洋を眺めに行きましたが、

 

その日の海はとても穏やかでした。

 

その後、僕等は会館に戻り、会館が避難所だった時の、

 

自治会長をされていたAさんとお会いし、

 

これから始めるプロジェクトの協力をお願いしたところ、

 

快く引き受けて下さり他の避難所生活者も何名か

 

紹介して頂きました。

 

このAさんは閖上太鼓保存会の会長さんで、

 

会館の渡邊さんが言うには、

 

Aさんは太鼓の名人だそうです。

 

そして来月の取材は先ず、保存会の太鼓の練習を

 

取材するところから始めます。

 

この日も、Aさんから避難所時代の話を

 

少しだけ伺う時間があり、

 

避難所という生活を、そこで暮らしていた人達は

 

どうやって一緒に暮らしていたのかを聞いたところ、

 

Aさんは照れるように笑いながら、

 

”がははははー、いやー何だかそういう生活って

 

慣れていくんだよねー”と答えて下さいました。

 

避難所という非日常な生活がどうしたら”慣れる”という

 

状態になっていくのか?

 

そうしたことで新たに生まれた感覚は何なのか?

 

その辺りを来月以降に本格化する取材で

 

聞いていけたらと思います。