2013年

5月

06日

稽古するとは?


先日、友人のダンサー、垣尾優さんと久々に飲みました。

 

その際に、稽古の話になりました。

 

僕は、最近でこそいわゆるダンスレッスンは受けておりませんが、

 

合気道やアシュタンガヨガは定期的に受けています。

 

しかし、垣尾さんは、そういった型のトレーニングをもう長らく受けていないそうです。

 

何故そうしているの?と聞いたところ、

 

そういった型のトレーニングは肯定しつつも、彼個人が型をやると、

 

そこには、どうしても越えられない何かに陥る感覚があるそうです。

 

そんな彼の話を聞いたり、最近の彼の活動を振り返ってみると、

 

彼のダンスは恐らく、無垢な身体、偶然性の身体にかけようとしているのかなと思いました。

 

そう思った時、僕にとって型の稽古とは一体どういう意味を持つのでしょうか。

 

それは多分、僕にとっての稽古とは型を行いながら型を無くしてことを行っているのかなと思います。

 

型を通してこだわり、囚われから自由になり、三昧境へと向かう方法論なのかもと思ったりしています。

 

行き着く先は恐らく同じところだと思うのですが、そこに至る方法論は様々ですね。

 

さて、そんな二人が、この9月に北九州で一緒にダンスを踊ります。

 

偶然性と三昧境の掛け合わせ。どんなダンスが生まれるか、僕自身がとても楽しみにしています。