第44回・とつとつダンスワークショップ

 この日は通じ合わない会話を出来るだけ楽しく延々とやり続けるというワークを行いました。


人は対話や会話によってお互いの考え方や感じ方等を知り理解し合っていくのだと思います。


そうしていくことで人は異なる文化や言語を話す人達とも理解が進み、関係を結んでいくことができます。


ただ、ここでその理解の前提となるのは、共通の文脈で対話や会話が可能な相手ということになります。


では、認知症のような言葉で理解し合うことが困難な人とはどうやって理解し合っていけば良いのでしょうか?


そう思った時、通じ合うという言語での理解をこの際いったん担保して、通じ合わない関係を結び続けていくと


どうなるのかということを今回の参加者に試してもらいました。


やってみて、やはり通じ合わない対話というのは難しいもので、話しているうちにお互いの会話が似通ってきたりします。


また、通じ合わせないことに一生懸命になる余り、人によっては対話者と目を合わせないようにしていたり


会話間の合間が不自然に空いたり等、面白い反応が続々と起こっていました。


通じ合わないのだけれども、いい加減な会話でもなく、その状況を楽しくやるというのは何なのでしょう?


その事に関してまだ上手く言語化は出来ないのだけれど、僕はそんな感覚を認知症の人との対話や


知的障害者との対話に体話で実践しているような気がするのです。


理解を前提としないパラレルな対話は、それはとてもとても不可解なのだけれど


そこからは言語的理解とはまた違った何かが交わる体話=ダンスが生まれ、そこを体験してみると


頭で理解し合うより、もう一つ深い所で感じ合う、そんな快感が味わえるのです。